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オーラの泉SP10・加藤和也さん・前 [オーラの泉・SP]

美輪様・・美 江原さん・・江 太一くん・・太 加藤和也さん・・加 ナレーター・・ナ
と失礼ながら省略させて頂きました。敬称なき事ご了承下さいませ。

画面・黒いスーツ、蝶ネクタイに胸に白い花を付けステッキを小脇に抱えて
シルクハットを被ったの少女が歌いながら店内のお客の間を練り歩く白黒映像。

〔「悲しき口笛」(1949年 松竹(株)〕
監督:家城巳代治 脚本:清島長利

ナ「戦後の日本に現われた天才少女歌手」

画面変り・白い大きな花が付いたマイクを持ちステージで歌う女性。

ナ「栄光と波乱の人生を歩んだ戦後最大のスター美空ひばりさん」
  
〔昭和の大スター美空ひばり〕

画面・白い着物、オレンジの帯で歌うひばりさん。

ナ「今も尚ファンの心を捉えて放さない、その歌声」

画面・黒い鳥の羽で出来た豪奢なドレスと大きな冠姿で歌うひばりさん。

ナ「昭和の歌姫が今夜、甦ります」

〔オーラの泉はこころ豊かに生きるヒントを提案する
 スピリチュアル・トーク番組です〕

七色のライトのセット。椅子に座っているお三方。
奥の両側に階段。その間の高い場所の後方からドライアイスと共に上がって来る人影。
オブジェとピンク系と赤系の薔薇の花をバックにして立っているゲスト。

服装・加藤さん
黒に細い線の入った上下スーツ姿。白いシャツ。グレーの柄のポケットチーフ。
葡萄色のネクタイ、黒い革靴。腕時計とお数珠を腕に。前オールバックで、後ろで髪を結い。

ナ「加藤和也さん。これからスピリチュアル・チェックを始めます」

[美空ひばりは今]
【加藤和也さん・スピリチュアル・チェック】

◇1.小さい頃、どんな子どもでしたか?
  →・・ええー、少し暗くてですね。
     あまり、ほんとの事を話さない子どもだったと思います。

◇2.よく見る夢は、どんな夢ですか?
  →えー小さい頃、よく見てた夢が、毎日見てた夢がですね。
    えー家族が一人ずつ消えてってしまう夢と。
    後ー、悪いピエロが出て来てイタズラをするという夢を毎日見てました。
    (美輪様、目を閉じ)

◇3.何か不思議な体験をした事はありますか?
  →・・えー、よく九死に一生を、あのー得たという経験が、え、何回もあります。

   (江原さん、目を閉じ)

◇4.奇跡を感じた事はありますか?
  →えー、やはり、うちのおふくろ(美空ひばりさん)が
   東京ドームで復活コンサートが出来た時ですか。
  (美輪様、目を閉じ)

◇5.1つだけ願いが叶うとしたら何を願いますか?
  →あ、おふくろに生き返って欲しいです。
  (江原さん、目を閉じ)

ナ「ありがとうございました」軽く頭を下げられ。

服装
美輪様・濃い目のコバルトブルーの皺加工のあるVネックのドレス
同色の長袖の上着とショール。裏地がエメラルドグリーン。
Y字型のプラチナっぽいネックレス鎖部分とYの下の方に3つ大きな青い宝石。
トップと同じデザインの耳飾。大きな四角いエメラルドのような宝石のついた指輪。
黄色の額をアップにしたセミロングの髪、黒いカチューシャで留め。
シルバーのハイヒール。

太一くん・黒い上質な生地のスーツジャケットにムーングレイのスラックス。
白いシャツにシルバーの細めのネクタイをゆるめに締め。黒い靴。

江原さん・渋紙色のお着物、栗皮茶色の羽織。
羽織と同色系の羽織の紐、留め石が虎目石のようなもの。
帯。お数珠、白い足袋、茶色っぽい草履。

大きな拍手。

太「さあ加藤和也さん、どうぞこちらの方に」

加藤さん、赤い上面、側面が白に金の細い柄の入っている階段を下りて来る。
美輪様、江原さん、太一くん、立って迎える。

加「失礼致します」階段を降りきり。
太「どうぞ」
美「ようこそ」席に手を差し延べ。江原さん深く会釈。
加「お邪魔致します。宜しくお願いします」
太「さあ。あのーこの番組は」
加「はい」
太「ご覧になった事、ありますか」
加「大ファンで、毎週見てます」
太「そうですか、ああー」
加「はい」頷き。

加「もう僕、美輪さんがですね。あの昔から大ファンで。
  えービデオも何本も持ってますし」美輪様、口を軽く開けて驚いてる表情で。
太「ああ」
加「後、CDは車の中で、いつも聞けるようにしてますし」
太「そうなんですか」
加「はい」
美「恐れ入ります。ありがとうございます」笑顔で丁寧に頭を下げられ。
太「おおー」
加「はい」

太「江原さんは」
江「初めまして」
加「初めまして」江原さん、加藤さん、互いに深く会釈され。

加「もう怖い人だなと思ってます、いつも、はい」苦笑。美輪様、江原さん笑。
太「その怖い人が、何でも視えてしまうところが」
加「そうですね、はい」笑いつつ。
太「ああー」
美「ええ、可愛い人ですよ」笑顔で江原さんを見。
加「そうですね。すいません」苦笑しつつ頭を下げられ。
美「怖がらず」
江「かかか」笑。
美「ふ、ふ、ふ・・」

太「あのどうですか、加藤さんはスピリチュアルな
  こういう世界というのは興味は、ありますか?」
加「えっとー。小さい時はですね。ほんとに
  そういう事っていうの感じる事が無かったんですけど。
  ある時を境に、ちょっと色々不思議な経験をしたりして」
太「はい」
加「はい。それからですね。こういう世界って、あるんだなって・・」

[九死に一生の体験を何度も・・・]
太「え、具体的に言うと、どんな事を?」
加「自分、おふくろが死んでからですね。車ーが趣味でですね。
  でー毎日のように、こう飛ばし(車を運転)に行くんですけど。
  それも、あんまりこう走り屋とか人が集まらない所で」
太「ええ」
加「まあ例えば山の中で、その時は4輪駆動乗ってたんですけど。
  何度も、こう横転してですね。ほんとに、あの映画で見るような」
太「こうガーって回ったんですか?」手を回して。

加「こうーいう風に。ここで滑り出して、コーナーで。
  正面から衝突して後ろに1回ひっくり返って、このまんま4回転して
  そのまんま、こう僕が下で。友達も乗ってたんですけど」手で様子を示し。
太「ええ」江原さん、真剣な表情で聞き。
加「誰も怪我しなかったんです」
太「ええー?!」
加「はい。もう、パンッてこう明るくなるんですよ一瞬。
  真っ白に。で、気が付いたら。まあ、何度かの衝撃の後に。
  気が付いたら、こうエンジンが鳴っててまだ、ラジオが薄ーくかかって」
太「ええ」
加「ガタッガタッガタッって、こうタイヤが回って」
太「回ってる」
加「しばらく自分が、どこに居るのか分らなかった、っていう」
太「ううわー」
美「映画みたいですね」
加「ええ。もう現実に生きてられてたっていうのが不思議で」

江「そういうのって、よく救われるとか
  助けられるって言うじゃないですか」
加「はい」
江「あのね、ふふふ、ごめんなさい」
美「ふふ」
江「加藤さんのはね全てが、そうとは限んないですよ。
  あのね、えー要するに助かる事も見越した上の、わざと、そうされてるの」
加「僕が、ですか?」
江「て言うか、なぜかと言うと、その何度もって、おっしゃるけども。
  加藤さん、なかなかそこまでね、してもらってるのに。
  性懲りもなく、また危険な運転するんですよ」
加「はい、そうです」俯いて頷き。
江「それで要するに“怖いぞ”っていう事を、その身に覚えさせて。
  ていう、だから一つのその、何て言うかな。

  試練を、わざとねそういう風に与えて。
  これでもう、そういう事しないように、なるだろう」
加「はい」
江「ってやるのに。『ああ、助かった』って言ってまた・・」
加「懲り、懲りないんですね
太「加藤さん、もう気付きましょうよ!」加藤さん苦笑気味に笑、頷き。
加「はははは。そうですね」

江「そういう事あるんですよ。何でもほら、救ってもらってとかあるんだけど。
  そうじゃなくって敢えて、わざと怖い思いをさせて。
  で“安全にさせよう”っていう導きで起こす事」
太「なるほど」

江「よくね、あのね。全然、話違うんですけどね。
  番組、ご覧になってる方も
  何かすぐ、こう悪いような出来事と思うような事あると。

  すぐ何か、こう守られて無いとか、そう思うでしょう?
  わざと、あの転ばされるって事あるんですよ人生上の中で」
太「ああー」加藤さん頷き、姿勢を正し。

江「だから、それが愛情だったりする時が、あるんですよ」
太「なるほど。その先は、もう気を付けますもんね」

江「そうそうそうそう。だからちょっとした何かミスでも
  私は最近ついてないとかね、言うけど。

  いや、ついてないんじゃなくて。されてるって事は
  あれ感謝しなきゃいけない事なのに、って事いっぱいある。
  私もカウンセリングやってる時に、多かったんですよ」
美「ふっふっふ」
太「ああ」

江「私は、もうろくでもない守護霊じゃないかと思う、とかね」
美「はっはっはっは」
江「ひどい事言ってて。でも、もうそれは
  教育的指導だったりする時が、あるんですよ」
太「なるほどー」

江「うん。だから命を粗末にしちゃいけませんよ、とか。
  そういう風な事をちゃんと・・ね。だから、それ自体が、だから守られてる。
  だから、そういう事起きる事、試練が守られてる事なんですよね」
加「分りました」頷き。
太「今日、もう気付きましたね」
加「あ、もう気付きました」
美「あっはっはっはっは」
太「もう止めましょうね」
加「もう、もうしません、はい。2度としません」うんうんと頷き。スタッフ笑。

画面変り・オーケストラをバックに真っ赤な衣装で歌うひばりさんの映像。
〔「愛燦燦」作詞・作曲:小椋桂 
  DVD「不死鳥 美空ひばりin TOKYO DOME<完全版>〕

画面変り・生まれたての赤ちゃんの写真。
続いて男性に抱っこされている赤ちゃんの写真。

ナ「1971年(8月10日)、美空ひばりさんの弟・かとう哲也さんの
  長男として和也さんは生まれました。生後間もなく両親が離婚。

  和也さんを引き取り、実の母親以上の愛情を注いだのが
  叔母のひばりさんでした」

〔ひばりさんが母親代わりに〕

画面・赤ちゃんに嬉しそうな表情で離乳食を食べさせているひばりさんの写真。

画面・広い道の真ん中で半袖短パン姿のひばりさんが
幼少の和也さんを笑顔で抱っこして歩いている映像。

〔長野県 木曽駒高原 加藤家 家族旅行の映像〕(和也さん当時1歳)

ナ「これは和也さんとひばりさんの家族旅行の1コマ。
  ひばりさんの素顔を記録した貴重な映像です。

  当時デビュー25周年を迎え忙しい毎日を送っていたひばりさん。
  家族で過す時間は、ごく限られたものでした」

画面・和也さんを抱っこして満面の笑顔のひばりさんの写真。

[母との生活]
太「あの実際その。こう一緒にいる時間ってのは、あったんですか?」
花「ほとんど無くてですね。大体、年の内に
  べったり居れても3日位だったと思います」
太「え・・1年?」
加「1年の内に」
太「の内べったり居られたの3日だけですか!」
加「3日位だと思います」
太「はあー」

美「お寂しかったでしょう?」
加「そうですね。ただ、あの友達があんまり、居なかったんで。
  他の友達と自分を比べる事が無かったんで。
  多少は、はい、もう皆こういうものなんだ、って思ってましたんで」

太「ほおー。ああー。え、その3日、どういう風に過してたんですか?」
加「そうですね。一番嬉しかったのが多分、高価な物だったんだと
  思うんですけど8ミリの映写機を買ってくれて。

  で、一緒に家に居る時は、こう二人で苺なんか食べながら。
  一緒に見てもらったり。で、たまに気が向いた時は
  遊園地連れて行ってくれたり、はい。

  ママが大体、帰って来るっていうと、もう2週間前位から
  嬉しくて眠れなくなるんですね、はい」笑いつつ。
太「ああー。何して遊ぼうとか色々そわそわ自分の中で、して来て」
加「はい」
太「へえー」

加「友達ん家に遊びに行くと。まず、お母さんが家に居て。
  で休みの日は、お父さんも家に居て。

  でーお昼になると、ご飯作ってくれて。
  焼きそばだとかカレーライスとか。これを、食べさせてもらうんですけど。

  あ、家ってこうなのか、というのが大体その時に。
  よく人のお父さんなんですけど、こうお父さんが一人、向こうに立ってて。
  本来こう、キャッチボールやるじゃないですか」
太「はい」
加「こっちに友達と僕と、こう並べてもらって
  こう交互にやってもらったり。ええ」軽くボールを投げる仕草。
太「へえー」
加「何かいいな、とは、ちょっとその時に思いましたけど、はい」

美「でもね、あなたも孤独でいらしたけれども」
加「はい」
美「お母様も孤独だったからね・・」
加「あんな孤独な人いなかったんじゃないかな
  とは思います、はい」頷き。
美「ほんとに」

画面・三輪車に乗る幼少の和也さんと
傍に黒い服にスカーフを頭に巻いたひばりさんの写真。

続いて、ブランコに乗るひばりさんの膝に小さな和也さん楽しそうな表情で。

ナ「ひばりさんを母親と信じて育った和也さん・・。
  二人の本当の関係を打ち明けられたのは・・小学生の頃でした」

画面変り。時代劇の男性の格好をしたひばりさんと
ひばりさんのお母さん、共に笑顔の白黒の写真。
(ひばりさんの母・喜美枝さん) 〔1958年 映画「花笠若衆」の撮影初日〕

ナ「ひばりさんを語る時、欠かす事が出来ないのが母の喜美枝さんです」

画面変り・衣装部屋らしき場所に少女の頃のひばりさんと
その後ろ側で着物を着付けているお母さんの白黒の写真

〔1958年 新潟公演の控え室にて〕

ナ「プロデューサーとして“歌手・美空ひばり”を育てた喜美枝さんは
  家庭では和也さんの教育係でもありました」

画面・幼稚園か小学生低学年位の和也さんと喜美枝さんの写真。

[祖母の教育]
太「先程、友達があまり居なかったと、いうような
  お話が出ましたけどもど」
加「はい」
太「作らなかったんですか?」
加「遠い学校に通ってたから]
太「ああ、なるほどなるほど」
加「どうしても友達が近くに居なくて。で、たまさか
  家にボールが入っちゃった、とかってあるじゃないですか」
太「はい」
加「近所の子ども達が遊んでて同年代の。
  で、取らしてっていう所で、『じゃあ一緒に遊ぼうよ』って言って
  庭なんかで一緒にキャッチボールなんかしてるんですど。

  うちの祖母ちゃんが、なかなか強烈な、あのキャラの人で」
太「はい」
美「ふっふっふ・・」

画面左下・少しお年を召した女性の写真〔ひばりさんの母・喜美枝さん〕

加「『どこの子』って、まず聞かれるんですよね。
  たまたま、そういう時に祖母ちゃん居るんですよ家に」
美「はっはっはっはっは」
加「普段居ないくせいに、そういう時に限って居るんですよ。
  『どこの子か分らない子と遊んじゃダメです』と言われて・・」
太「はあ」
加「結局、まあ、凄く名残惜しいんですけど。
  『じゃあバイバイ』って言って、もう名前も知り合わない内に
  解散っていう事は、ありました」
太「ああー。ちょっと切ないですね」
加「ふふ」
太「近所にお友達が居ない、っていうのは」

美「でもね、それお祖母さんだけではなくてね。
  あの時代ー、つまり明治大正昭和初期を
  くぐり抜けた人達はね。それが皆、口癖だったんです」
加「ああ、やっぱりそうなんですか」
美「どこの誰だか分んない子とね
  『その、どこの子』って必ず聞いたものなんです」
加「なるほど」
美「で『そういう子達と遊んじゃいけません』て言われて」
太「そうなってましたね」
美「親が選んだんですよ、子ども」
加「ああ」
美「今は子どもが選びますよね。昔は親がね」
加「はい」
美「誰と付き合っていいけど、誰と付き合っちゃいけない。
  それ常識だったんです」
太「うんー・・」

江「当時とか、もうほら、やっぱり誘拐とかね」
太「あ」
江「そういう、それ色んな事が起きるでしょう。
  だから、もう過敏になっていた事は確かですね」
美「うん。色んなね、物騒な事が、よく起きたんですよね」

加「実際、脅迫状が何通か届い、た事があって」
美「お宅へ」
加「ええ。今、まだ僕、幼稚園上がるか上がらないか位だったんですけど。
  あの家にいっぱい、こう刑事さんが居て」
太「はい」
加「爆弾とか何とかって、言ってた気がするんですけど」
太「仕掛けたとか何かそういうような事が」
加「ええ。そういう感じだったと思います」
太「はあー・・」

加「凄い皆が緊張してるのを、凄く不安な気持ちで見てたりとか。
  後、あのやっぱり色々な事があった家ですから。

  やっぱりちょっと小っちゃい時に、そういう怖い人が玄関の
  鉄の門の所を、バットで引っ叩いてる所、たまたま皆居なくて僕が」
太「ええ?!」
加「そこの近くに居たりとかして。結構、怖い思いはしたり」
太「うわー・・」
加「したんですけど、はい」
太「ええー・・」

美「ホントにね、有名人のね、家っていうのはね。
  有名税って言うけれど正負の法則よ。

  そういう有名に、なればなる程、それだけのツケが物凄いんですよ」
加「はい」頷き。

[養子と告げられた日]
太「ご自分が養子だと知ったのは、いつ頃だったんですか?」
加「えーとですね、こう家の中に雑誌が、あるじゃないですか。大人が読む」
太「はい」
加「子どもながらに興味があって。開いてみたりするんですよ。
  そうするとママが載ってるってなると、やっぱり字は読めないんですけど。

  平仮名だけ、こう読んで行こうとするんですよね。
  そうすると、何か、どうやらおかしな雰囲気な事が
  書いてあるなっていう風に思い始めて。

  で・・それはパパとママって姉弟だよね、っていう。
  その何となく、その家族って、こういうもので。
  
  結婚っていうものは、どういうものかって
  何となく分るような年になって。
  何度か、大人に、その困った質問をした事があるんですけど。

  うちの親父とおふくろは、あの戸籍上姉弟なので。
  実際、叔母じゃないですか、うちのおふくろが。

  で、そういうの聞いたら周りの人は、もう困ってしまうんですよね。
  うちの親とか祖母ちゃんには聞けないんで。

  やっぱり周りの人に聞いたりするんですけど。
  そんな事、勝手に言っちゃダメっていうルールがあったみたいで。

  ある日、小学校1年生か2年生か、だと思うんですけど。
  『和也ちょっといらっしゃい』って言われて。
  
  座ったら、まず、おふくろはもう下向いて黙って座ってて。
  祖母さんが、『実は、あんたの産みの親は別に居るのよ』って
  そこで初めて聞かされて」
太「ええ」

加「ただ、そんなに、そういう事で、びっくりはしなかったんですよね」
太「ああ、そうですか」
加「『あ、今日、この日だったんだ』っていう。
  『今日、これを聞かされる日だったんだ』っていう」
太「ええ・・」

加「で、『あんたどうしたい?』って。何か僕決、めなきゃいけなかった
  感じだったと思うんですよ。よく分らないんですけど。

  その『あなたはどうしたい?』って急に聞かれたんで。
  『どうしたい』って言われても、もう物心付いた時から
  もうパパママでしたから。

  あの、ちょっと他にお母ちゃん居るって言われても
  実感が湧かなくてですね。僕は、この家の子だから。

  で、どうしても、うちのおふくろが・・生んだんじゃないんだったら。
  親父の腹から出て来た事に、してくれりゃいいじゃん、ていう事で」
太「ああー」
加「そんな事を言って。その後、部屋に戻って
  後はよく覚えてないんですけど、はい」
太「うんー」

画面変り。白い着物姿のひばりさんの歌う映像。
〔「リンゴ追分」 作詞:小沢不二夫 作曲:米山正夫〕

画面・着物姿のひばりさんと幼少の加藤さん、七五三らしき時の写真。
おそろいのブルーの帽子を被った幼少の加藤さんを抱っこしているひばりさんの写真。


ナ「ひばりさんが本当の母ではない事を薄々気付いていた和也さん・・。
  それでも母と呼べるのは、ひばりさんだけでした。

  中学生になると、ママからお袋と呼び方が変ったものの。
  相変わらず忙しい毎日を送る母」

画面、お祝いか何かの食卓を囲む中学生位の加藤さんとひばりさんの写真。

ブルーのシャツを着た加藤さんとサングラスに赤いワンピース姿のひばりさんの写真。

(加藤さん・当時中学3年生)
自宅らしき部屋で犬と共に加藤さん、ひばりさんと一緒の写真。
  
ナ「和也さんの寂しさは消える事が無く、さらに・・。
  家族の別れが迫っていました・・」

画面・時代劇の格好をしたひばりさん、ひばりさんのお母さん
法被に豆絞りの手ぬぐいを巻いた弟さん二人との写真。
〔1972年 明治座公演の控え室にて〕

画面・テレビのステージで歌うの映像。
〔「悲しい酒」 作詞:石本美由起 作曲:古賀政男
 「ああ昭和歌謡史 第一回 輝け!にっぽん100大歌謡曲」1984年1月3日放送〕

画面・遺骨の入った箱を持つ喪服のひばりさんの映像と、お母さんの遺影が重なる。
〔1981年7月29日 喜美枝さん他界〕

ナ「1981年、祖母の喜美枝さんが他界。
  ひばりさんを日本一の歌手に育て上げ
  “一卵性親子”と言われるほど、仲が良かった二人。
  ひばりさんは、最も信頼する人を失ったのです。さらに・・」

画面・若かりし日のひばりさんと母の仲良く頬寄せている白黒の写真。

画面・告別式か、お葬式でのひばりさんの挨拶の映像。

ひ「母を失い・・その悲しみを癒す間もなく・・
  また弟の哲也を失ってしまい・・」

画面・白い菊で縁取ったお父さんの遺影を持つ加藤さんの映像。

ナ「2年後、ひばりさんの弟であり、和也さんの実の父であった
  かとう哲也さんが他界」

〔1983年10月24日 かとう哲也さん他界〕

ナ「そして、もう一人の弟、香山武彦さんまでもが・・」

〔1986年4月1日 香山武彦さん他界〕

香山さんの遺影と生前の笑顔の映像。

目にいっぱい涙を溜めて歌うひばりさんの映像。片目からほろりと涙が流れ落ち。

ナ「ひばりさんを支えて来た家族が次々に亡くなってしまったのです・・。
  そして・・悲劇は母の身にも・・」

画面・赤い衣装で「悲しい酒」を歌うひばりさんの映像。

ナ「戦後の日本が生んだ最大のスター美空ひばりさん。
  そんな母を誇りに思いながらも寂しさも感じ続けた和也さん。
  二人に、別れの日が迫っていました・・」

長くなりましたが、読んで下さってありがとうございました。
中編[母の最期]に続きます。もうしばらくお待ち下さいませ。


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