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オーラの泉SP9・貴乃花光司さん・前 [オーラの泉・SP]

美輪様・・美 江原さん・・江 太一くん・・太 貴乃花さん・・貴 ナレーター・・ナ
と失礼ながら省略させて頂きました。敬称なき事ご了承下さいませ。

七色のライトのセット椅子に座っているお三方。
左右両側に階段。その間の高い場所の後方から上がって来る人影。
オブジェと花をバックにして立っているゲスト。

ナ「貴乃花光司さん。これからスピリチュアルチェックを始めます」

【貴乃花光司・スピリチュアル・チェック】
◇1.自分の性格を一言で言うと何ですか?
  →・・ええーやんちゃ、だと思います

◇2.人生の転機はいつですか?
  →・・え、入門した時と、引退した時のように思います。(美輪様、目を閉じ)

◇3.よく見る夢は、どんな夢ですか?
  →・・頭を撃たれる夢を、見ます。

◇4.想像してください、あなたは今、とても
   懐かしい思いが込み上げています。どこにいますか?
  →・・・父の、布団の中です。(江原さん目を閉じ)

◇5.将来の夢を教えて下さい。
  →・・・立派な、えー、弟子を、弟子と共に育ちたいと思っております。

親方、一礼され。
太「貴乃花さん、どうぞこちらの方へ」
貴「はい、お願いします」

服装・黒い上下スーツ。焦げ茶のネクタイに、丸と光のような柄。
光沢のあるグレーのシャツ。黒い靴。黒いベルト

大きな拍手。貴乃花親方、階段を下りて来る。お三方、立って迎える。

太「今日は宜しくお願いします。どうぞ、お座りになって下さい」
  親方、しっかりとした礼をされ。
貴「失礼します」
美「どうぞ」手を差し延べ。
貴「宜しくお願い致します」親方、一歩前に出て、頭を下げられ。
  美輪様、江原さん、会釈され。お三方席に着き。
美「ようこそ、お越し下さいました」
貴「ありがとうございます」

太「ほんとに、ようこそっていう感じですよね。
  あの美輪さんは」
貴「はい」
太「初めましてに、なるんでしょうか」頭を下げ。
美「そうですね」頭を下げられ。
貴「はい、初めまして、です」
太「美輪さんの印象は、どんな印象ですか?」

貴「あの、こんな言い方して失礼かもしれないですが。
  淡々と、あのー何か包み込むような。お話しぶりを
  いつも拝見しておりますので。そのままのイメージ、でした」

太「ああ、あの江原さんも初めましてになりますか」
  親方、江原さん、互いに頭を下げられ会釈。
貴「はい。あのー先生の着物を、よく着てらっしゃる姿を拝見しますので。
  何か私も、この間まで数年前まで着物が主流で着ておりましたので。
  懐かしく、勝手に拝見させて頂いてます」

太「そうですか」
江「体格も、ですかね」苦笑。スタッフ笑。
貴「とんでもないです」笑。
太「ははははは」
美「ふ」

画面変り。ゲストの幼少時の白黒の写真。

ナ「1972年(8月12日)、東京生まれ。貴乃花親方を語る時
  欠かせないのが、父であり、相撲の師匠である
  先代・貴ノ花の存在です」

画面・笑顔の先代にくっつく幼少の親方。(父・大関 貴ノ花)
相撲の取り組み。横綱・北の湖(うみ)に勝った映像。

ナ「1945年3月場所。当時、『憎らしいほど強い』と言われた
  横綱・北の湖を破って初優勝。
  父は昭和の大相撲を彩る名大関でした」

〔1971年5月場所〕 横綱・大鵬と貴ノ花の対戦の白黒の映像。

ナ「小結時代には、大横綱・大鵬と対戦。端正な容貌で
  角界のプリンスと呼ばれた21歳の父が・・
  大横綱に引退を決意させた歴史的一番です」

〔1980年11月場所3日目〕 貴ノ花と関脇・千代の富士との対戦の映像。

ナ「一方、父に引退を決意させたのは当時、日の出の勢いだった
  関脇時代の千代の富士。さらに歴史は繰り返します」

〔1991年5月場所 初日〕
千代の富士と西前頭1枚目貴花田(現貴乃花)との対戦の映像

ナ「昭和の大横綱に成長した千代の富士が、若干18歳の貴花田と対戦。
  この大番狂わせの2日後、引退を表明する事になるのです・・」

画面、歴代の名力士の姿。

  大鵬から千代の富士まで、歴代の強者(つわもの)達と
  名勝負を繰り広げた父。息子にとって、その存在は
  常に大きな目標だったのです・・」

画面変り。引越しの模様の映像。稽古、髷を結う前の着物姿のゲスト。

ナ「15歳の時、藤島部屋に入門。父を師匠と呼び
  親子の情を断って厳しい稽古に励む日々・・。
  相撲一筋の人生が始まったのです」

[父にあこがれ相撲界に]
太「はい。昔のインタビューというか、子どもの頃の映像見たりすると
  やっぱ、お父さんに憧れている、というような事を」
貴「はい」
太「僕は何か見た覚えがあるんですけども」
貴「はい」
太「そのお父さんを見て、やっぱりお相撲さんは強い、とか」
中「はい」
太「なりたい、っていう気持ちも、どっかであったりとかも」

貴「はい・・。負けた相撲を見ると・・・。やらなければ、と言いますか。
  勝手に子どもながらに、あの代われるものなら、っていうような
  気持ちが常に、ございました」
太「なるほど、その仕返しじゃないけども
  仇を取ってやるって気持ちはあったんですか」
貴「そう、分り易く言えば、そんな感じですね、はい」

太「ただ15歳で・・ま、やっぱりちょっと
  まだ甘えたい時期だと思うんですけれども。

  お父さんが“親方”という名前に変り。
  お母さんが“おかみさん”に変るわけですよね」
貴「はい」
太「・・お父さん”って言えない辛さっていうのも、ありましたか?」

貴「辛い、という事よりもー・・。おー・・やはり、親子なんですけれども
  親子には、なりきれなかった所が、今でも悔いと言いますか。

  どこかでは戻れるかなと思って、その当時ずーっと、いましたけれども。
  なかなか、あの、やはり勝負の世界ですし」
美「師匠のまんまで」
貴「はい。いや・・」

画面変り。相撲部屋の看板の前で握手する現役の時代の
貴花田(現貴乃花)と父、貴ノ花。

画面。曙との取り組み。

ナ「親子で始めた相撲人生。数々の強敵を打ち破り
  貴乃花の快進撃は続きます。
  
  20歳3ヶ月で大関昇進。ついに父と並んだ貴乃花。
  その前に立ちはだかる、巨漢の横綱、曙」

曙を倒す貴乃花の映像。

◎貴乃花の最年少記録◎

幕下優勝 十両昇進
幕内昇進 三賞
金賞    三役
幕内優勝 年間最多勝
大関昇進 幕内全勝

ナ「数々の最年少記録を塗り替え破竹の進撃を続けた貴乃花。
  父を越える日が近づいていました。
  7度目の優勝を全勝で飾った後、待望の瞬間が訪れます」

大きな杯で祝杯を。
緋毛氈、金屏風の前で横綱昇進の様子。

〔1994年11月 横綱に昇進〕

ナ「横綱への昇進が決まったのです」

ナ「父も成し得なかった横綱への昇進。
  ・・さらに新たな家族の始まりが」
結婚式の映像。
〔1995年5月 当時フジテレビアナウンサーだった河野景子さんと結婚〕

ナ「フジテレビのアナウンサーだった河野景子さんと結婚。
  公私共に充実の時を迎えます」

国技館で。小泉元首相の感動した!おめでとう、のコメントの後
抱えるのも大変な巨大な優勝杯を受け取る。

ナ「頂点を極めた息子と父の物語は、次なる展開を迎えるのです・・」

〔父を超え横綱に〕
太「かっこいいですねー。こんなVTR作ってもらいたいなー」スタッフ笑。
美「あっはっはっは」
太「いや、凄い。現役時代、横綱になられた時」
貴「はい」
太「・・・お父さんからは、どんな言葉をもらったんですか?」

貴「当たり前なんですけれども。
  今迄、お褒めの言葉、頂いたっていうのは。ほとんど無く。

  横綱を・・の初めての会見をした、時に、もう
  すぐ・・・・もう叱って頂きましたので」
太「叱って、はい」
貴「あのー『風格が無い』と。ええ」
太「横綱になれてないぞ、と」
貴「はい、そう、ですね」
太「でも、どうしようもないっすね」苦笑気味に。

太「風格出すの、難しいですね」
美「はっはっは。やっぱり横綱というものは
  ただ強ければいいっていうんだったらね」
貴「はい」
美「ゴリラに回し締めてね」
太「ふ、ふ、ふ・・はは」
美「取らした方がよっぽどエンターティメントで面白いですものね。
太「面白いですね、それは」
美「そうでしょう?でも、やっぱり礼儀作法で、あるとかね」
貴「ええ」
美「心構えで、あるとか。相手を膝まづかせた時は
  手を添えてやってね。助け起こすとかね」
貴「はい」
美「そういう、つまり仁義とか、その・・相撲道の、道(どう)ですわね。
  それをやっぱり序々に、お父様から教わりになったんですか?」
貴「はい、そうです。はい」

太「具体的に、どんな事を」
貴「分り易い事なんですけれども。えー・・もう嘘は吐いてはいかんと。
  後は挨拶ですね。で・・えーま、小さい頃でも返事は、はいと必ず」

美「やっぱり、あのね。行儀作法とか礼儀作とかね。
  技術とか強さだけじゃなく、そういうものがあって
  プラスされて初めて横綱ですよね」
貴「はい」

美「うん、そういうものも、だからお父様っていうのは
  よくご承知で、いらしたんでしょうね・・」
貴「ええ・・」

画面変り・断髪式の映像、横綱・貴乃花の髷を切る貴ノ花親方。

〔2003年 現役を引退〕

ナ「2003年、横綱・貴乃花、現役引退・・。
  親子の情を断ち相撲一筋に歩んで来た父と息子が
  ようやく普通の親子に戻れる日が訪れました。

  しかし・・それも束の間。父が病に倒れたのです。
  残された時間は、わずかでした」

[闘病中の父が・・]
貴「亡くなった師匠の、まだ入院に入院されてる時に、闘病中に。
  えー・・し・・病状を、いわゆる余命を報告して頂いた時に。

  あの・・そん時、体がやけに。疲れ・・まして。
  えー・・そのまま、ソファで寝てしまったんです」
太「それは自宅のソファですか」
貴「ええ、自宅で。それで、夜中・・ま、言いにくいんですが姿をですね。
  座って、こっちを、見てたもんですから」
太「と、師匠が目の前に居る姿が見えたって事ですか
  その起きたら」
貴「はい。あの座って。じーっと、こっちを。それで灰皿を・・。
  目の前にありまして。灰皿の中に・・。
  
  師匠が、あの。私は一切しないんですけど
  水を入れる癖がありまして。
  それが朝起きたら、こう入ってたんです」
太「入ってたわけですか、はい」

ナ「父が現われた証拠を残すかのように、灰皿に水が。
  闘病中の父が伝えたかった思いとは?」

[父の思い]
太「これやっぱ。お父さんが・・えっとー親方の所に、来たんですかね」
江「いや、えーと厳密に言いますとね。
  お父さん、ご自身の守護霊さん。

  が、そういう風に姿を似せて、見せている、っていうね。
  その思いを伝達してくれてると、いうのが
  視える所では、本当なんですね。

  そういう事って、よくあるんですよ、よくね。
  亡くなった人が出て来るとか言いますでしょう。
  
  ほんとに、その、ご本人で、ある場合もあるし。
  えー、その人の守護霊さんて方が、その似せてね、姿を似せて」
太「あ、似せて」
江「作って、はい。それで現われて、あの
  代理で伝えて来るって事、よくあるんですよ」
太「どういう、メッセージだったんですかね、それは?」

江「だから、そこに込められているのは、その例えば
  自分は、ちゃんと存在してるよ、とか、うん。
  後は、ちゃんといるぞ、と見てるぞ、とか・・。

  そういう色んなね、ありがとうも
  色んな事が含まれると思うんですよ。
  
  要するに“自分がいるよ”っていう事を、ただ伝えたいって中で
  いっぱい、その中に気持ちって、こもるじゃないですか]
貴「はい」
江「うん。ね、1つ理由じゃないと思うんですよ」
貴「ああー・・そうですね」

太「あの、こんなの初めてだ、っていう位、疲れたという
  お話を、先程されてましたけども。それも何か」
美「ほら、美輪さんも前に、おっしゃってたじゃないですか。
  霊現象に会う時っていうのは、物凄く眠くなるんです」
貴「ああ・・」頷き。

美「それでね、人、一人背負ったみたいに重くなるんですよ。
  重量が掛かるから」
貴「ええ」
美「ええ、眠くなって疲れて、うわーってなって来ちゃうんです」
貴「もう座っていられなかった様な」
美「ねえ、そうなるんです」
貴「重い、です」
美「ええ」

画面変り・葬儀の映像。
たくさんの白い菊の上の位牌と遺影の前の貴乃花親方。

ナ「2005年(5月)、55歳の若さで父は帰らぬ人となりました。
 
  相撲を離れ、普通の親子として心を通い合わせることなく
  この世を去った父。愛する息子に伝えたかった父の本心とは」

画面変り。稽古中の白黒写真。

ナ「15歳で相撲の世界に入ってから、甘える事が許されなかった父」

今夜一番聞きたい事は?
貴「亡くなった師匠からのメッセージを頂ければと思います」

ナ「息子だからこそ、あえて厳しく接した父。
  息子への本心を明かさぬまま亡くなった父の思いとは」

長くなりましたが、読んで下さってありがとうございました。
後編[オーラが示す性格]に続きます。もうしばらくお待ち下さいませ。


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