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オーラの泉・武田鉄矢さん・前(109回) [オーラの泉1時間ver.]

美輪様・・・美 江原さん・・・江 太一くん・・・太 武田さん・・・武 ナレーター・・ナと
失礼ながら省略させて頂きました。敬称なき事、ご了承下さいませ。

あなたの心に愛とパワーを。
オーラの泉はこころ豊かに生きるヒントを提案するスピリチュアル・トーク番組です。

【オープニング】
「ヨイトマケの唄」が流れている。
太「さあ、美輪さんんですね、ヨイトマケの唄は
  お母さんの事を歌った歌ですけども」
美「はいはい」
太「本日のゲストもですね。え、お母さんの事を歌って大ヒット」

美「そうですね」
太「したゲストの方なんですけれども。どんな印象ですか?」
美「すっごい!男らしい潔い人だな、と思った事があるの。
  それ真っ直ぐ私の方へね、初対面だった、歩いてらしたのね」
太「はい」
美「そしてね。『あなたに謝りたいんです』っていう、おっしゃるから。
  『ええ?どういう事でしょう?』って言ったら。

  『実は、僕の“母に捧げるバラード”は
  あなたの“ヨイトマケの唄”のパクリでした』
太「ええ?!」スタッフ笑。

美「ご本人がね、はっきりスパッと言ったの」
太「正直、今じゃ考えられないですね」
美「ええ」
太「今、急にあの人、謝らないと思います」一同笑い。
美「あっはっは!そうなの?うふ」

太「どんな印象ですか?」
江「はい。金八先生の、最初、私、世代的にタイムリーだったんですね」
太「ああ」
江「丁度、中学生で。で、また同じような、シチュエーションで
  近い地域に私も住んでいましたから」
太「あ、そうなんですか」
江「非常に、親しみが、その時
  ドラマの中で感じさせて頂いたんですけどもね」
太「先生という部分も、僕、まあ、このオーラの泉をやってて
  凄く感じたのは、やっぱ必然じゃないかな、と思うんですよね」江原さん、頷くように。

美「あ、そうですか。凄いですねー素晴らしい」にっこり。スタッフ小笑。
太「ちょっと分って来たのかな」
美「ははははは」
太「僕も・・色々」スタッフ笑。美輪様、パチパチと拍手。

服装
美輪様・襞のある生地の黄色いいドレス、同色のショーの上衣。
金の太陽の形のトップのついたネックレス。金のパールの耳飾。
黄色の髪を黒い編んだチューシャで額を出し。大きなオパールのような丸い指輪

太一くん。黒に濃いグレーの細かいストライプの入ったスーツジャケット、白いシャツ。
パールグレイのネクタイ。ライトグレイのボトムス、白いベルト。白い靴。

江原さん・霞色の着物、揃いの羽織。
大き目のヒスイのような石が付いた白橡色の羽織の組紐。
白橡色の帯。大きな水晶と白い天然石のお数珠、白い足袋、銀色の草履。

画面・赤ちゃんの白黒写真。
続いて、小学生位の兄弟と親戚か友人と一緒に皆笑顔の白黒写真。
ナ「1949年(4月11日)福岡生まれ。
  タバコ屋を営む一家で5人兄弟の末っ子として生まれた少年は・・」

画面・テレビドラマの映像。僕は死にません!と叫ぶ男性。
〔映像提供:フジテレビ〕

ナ「国民的な俳優へと成長しました・・。
  そんな彼が今夜一番聞きたい事とは」

画面・テレビドラマの写真。教壇に立つグレーのスーツ姿のゲスト。
〔写真提供:TBS「3年B組金八先生」〕

[収録前インタビュー・今夜、一番聞きたい事は?]
楽屋の鏡の前のゲスト。

武「だ、誰かの人生の続き生きてるんじゃないか、って
  気する時あるんだよね・・。

  パスされたボールを今、自分が
  こう・・蹴りながらドリブルしてる、っていうね・・。

  一体、誰から回されたボールを今、自分がドリ
  命あるものとして、ドリブルしてるのか。
  
  パスした前の人、僕の、前の人の・・
  名前が分ると姿が分ると思いが分ると」
  
タイトルロール 「国分太一・美輪明宏・江原啓之 ・オーラの泉」

虹色のライトが光る階段、全体的に暗いセット。
お三方、椅子に座ったシルエット姿。

階段後方の昇降機から上がってくる人影、上方からライトが照らす。
オブジェと花をバックにして武田さんが立っている。一礼され。

ナ「武田鉄矢さんさん、これからスピリチュアル・チェックを始めます」

【武田鉄矢スピリチュアル・チェック】

◇1.自分の性格を一言で言うと何ですか?
  →・・うん、やっぱり、あのーま、臆病というか不安がるタイプです。(太一くん笑)

◇2.小さい頃、どんな子どもでしたか?
  →あの、ボーっとした子でした。何かこう空見たまま動かなくなったり
   菜の花畑に、つっ立って動かなかったり。
   何かそういう、のどかなぼんやりした少年でした。
   (江原さん、セットの前の方を見ている)

◇3.何か怖いものは、ありますか?
  →減って行くお客っていうのが怖いです(笑・美輪様、どこかを見ているような表情)

◇4.家族の優しさ、思いやりを感じたのは、どんな時ですか?
  →・・・そうですね、仕事が順調な時より、仕事が順調でない時に
   あのーま、主に女房から掛けられた言葉が励みになっています。

  ちなみに、一番2人で苦労してる時。女房が笑いながら
  『周りをしっかり見とこうね。ここが、どうやらどん底らしい』って
  言った言葉が・・あの今だに、あの・・強い励ましの言葉で胸に響いています。

◇5.あなたの人生の目標を教えて下さい。
  →もう今は、きっぱり目標定めましたけど。
   “武田鉄矢”に成り切る事です・・。(一礼され)

武田さん服装・フロスティブルーのスーツジャケット。
ブルーのストライプの入った白いシャツ、えりを立てて。
青い花のような柄のポケットチーフ。
細かいストライプの入った黒いボトムス、

太「さあ、武田さん、どうぞこちらの方に」大きな拍手。

提供画面
〔嘘でも楽しく・・・亡き母 感動の哲学。
 金八先生が現実に!?武田鉄矢の将来〕

軽やかに階段を下りる武田さん。
お三方、立って迎え。太一くん、会釈し、

太「お座りになって下さい」
美「ようこそ、お出で下さいました」手を差し伸べ。江原さん会釈。
武「どうも、ほんとに。ご無沙汰しております。
  ほんとに長いご無沙汰で」全員着席し。

太「いやあー!ちょっと緊張してませんか?」笑い。
美「ふふ」
武「ああ」笑。
太「ふははは、今」
武「そうですね」
太「あそこから出て来た瞬間、お2人も笑ってましたけれども」
武「いやいや、それ・・視点が違うからさ」
美「ふ、はっは・・」
太「はい」
武「その世間に無い次元から見られるから。
  それは普通のバラエティみたいに言わないよね。
  一番、食べた料理の中で美味かった料理は何?とかね」
美「は、は、は」
太「そういうんじゃないんですもんね、
武「そんなんじゃないからー」
太「ええ」
武「うんー」

画面変わり。70年代位のスタイルのフォークグループが歌い。
〔第25回紅白歌合戦(1974年12月31日O.A〕

太「先程、あの、ま美輪さんから」
武「はい」頭を下げられ。
太「お話ありましたけれども・・」
武「はい」
太「パクった話をね・・」
武「パク・・、まあね、でもねパクっただよね・・
  あの、あの歌を作ったわけよね。仲間3人でね」
太「はい」

武「こう詞書いて。でね、ギター適当に弾けっつったら。
  仲間がこうギター弾くわけよ・・うん。

  その時に。3人で何か適当で、こう歌ってた歌の中で。
  『今もー聞えるーヨイトマケーの』、それちょっと、ちょっと。
  
  あれ切り方を変えようってギターの。
  『今もー・・聞えるー・・』、わかんねえ、わかんねえ!って」

太「ははははは!」一同笑い。
美「はっはっはっは!あはっはっは」口元を隠すようにして笑い。
太「なるほどー。切る場所変えて」
武「そうそうそうそう」
太「ははは。ほおおー・・」

美「それを、普通だったら、シカトしちゃって
  そうじゃないような顔するじゃありませんか皆さん。

  かねがね私も、あれ?と思ってたんだけど。
  それ直球で、こう言いわれるとね、ええ、と
  逆に、ほーんとに尊敬しちゃったわね、あの時ね」
武「何をおっしゃる。とんでもございません、ほんとに」また頭を深く下げ。

太「どうです、美輪さんの」
美「ふふ、ふふ、ふ・・」
太「存在というか・・・」
武「やっぱり九州から出て来た人間にとっては大きい人ですわ」
太「ああー・・はあはあはあ」興味深そうに微笑みつつ。
武「うん。船の舳先の木彫りの、女神像みたいなもんです」
太「ほおほお。前にあって」
美「ふふ」パチパチと笑顔で拍手。

武「それは自分が未知の航海へ出る時に
  安全を願う船先のね」
太「ああー」
武「カリブの海賊でも、全部、船先は女神・・
  あのバージンの女神が付いてるでしょ」
太「はいはい、はい」
美「なんてポエジックなね、詩人なんでしょうね」江原さん、頷き。

太「え、先に、お前が行けっていう意味じゃないって事ですよね?」
武「え?」
太「お前、まず」
武「こら」
太「俺、怪我したくないから、先で怪我してくれ」一同笑。
武「違う、違う」
太「ていう事じゃない」
美「ふふ」

武「つまり九州というのは何と言うか、結局ずっと自分にも
  響いて来るんだけど。女って守り神なのよ」
太「ほお・・」
武「ちょっと先生っぽくなっちゃうんだけど。土俗的に
  何かあった場合は女性の指示を仰ぐっていう習慣があるんですよ」
美「卑弥呼の昔から」
武「そう、卑弥呼の昔から」
太「ええ!?」
武「神功皇后から。女性が持っている、あのエネルギーっていうのを
  やっぱり男が、正しく使う事で男はやっと生きて行けるっていう・・」
太「すいません、僕ちょっと理解の仕方を間違えてたみたいなんで」頭を下げ。
美「はっはっはっは、はっはっは」

太「ま、僕等の年代で言いますと。やっぱ武田さんというと
  役者さんのイメージが、ね強いんですけれども。『母に捧げるバラード』で」
武「うん」
太「こう世に出て来るような」
武「出てくる訳ですよね。それも追いつめられて
  決して順調な歌じゃなくて、非常に悲惨な生まれ方で」

[悲惨なデビュー]
武「もう1年、博多から出て来て頑張るんだけど
  ライバルはバンバン博多から出て来たライバルは売れて。
  
  どんどん新しい日本の音楽シーン作ってるんだけど。
  自分達は箸にも棒にも、っていう」

〔1972年アルバム「海援隊がゆく」でデビューするが全く売れなかった〕

武「それでもう追い詰められて、どうしようかっていう。
  そうなったら、いいや何か、適当に語るか、っていうね」
太「はああー」
武「うん、それで・・そうだ!落ちぶれて帰った時の用心に
  母親の事をネタにしといて、その歌を。
  
  ちょっと母親に対する侘び証文にしようと・・
  母ちゃんの歌作ったから勘弁してくれって歌にしようって」

太「は、は、は、は」相槌を打つように。
武「その、もう断崖絶壁の悲鳴みたいな歌なん、なんですよ実は」
太「はいはいはい」真剣な表情で聞き。
武「でもやっぱり九州っぽく、それを笑い飛ばして
  悲惨さが出ないように惨めさが出ないように。
  そういう想いで作っ、たんですよね」

画面変わり。「母に捧げるバラード」、博多弁の語りの部分。

ナ「落ちぶれて帰った時のために、母に対する侘び証文として作った曲
  『母に捧げるバラード』が100万枚を越す大ヒットに。
  武田さんも、お母さんも一躍、時の人となったのです」

[母 武田イクさん]
太「どんなお母さん・・ですか?」
武「いや、やっぱり、大体、歌の通りだと思います。
  本人は、あの歌聞いた時、怒ってましたけどね。
  『笑いもんにしやがったな』と言ってましたけど」
美「あはははは」
太「はい」
武「売れたら急に態度変わって
 『良か歌たい。ジーンと来るたい』・・」一同笑。
太「へえー」
美「面白い」

武「そう、いう世俗というか・・そういう所が、やっぱ母親の真骨頂って・・。
  『母に捧げる』が売れ始めて、東京の新聞社の、週刊誌の人が取材してって。

  で、あの歌聴くと、何となく何か母のみの、歌みたいな
  感じがするじゃないですか。
  
  父親の居ない家庭の、息子っていう感じが。
  それで、記者の人もよく調べずに。
  『お父様はいつお亡くなりになったんですか?』って聞いたら」
美「はっはっは!」
武「母親が『はい、あの・・フィリピン戦線で見事な名誉の戦死を・・』」
  一同笑い。膝を叩いて笑い。江原さん、手を叩き。
太「殺しちゃったんですか?」
美「は、は・・ふ、っふ」両手で顔を覆って苦笑。

武「殺しちゃった・・。それで、そん時に。
  親父が何かパチンコか何かから帰って来てるわけ」
美「ふ、ふ」
武「親父がバッと通り過ぎたもんだから、記者さんが
  『あの方は?』『あの人は親しくしてる近所の人』
  そう言ったもんだから」一同爆笑。
太「凄い」
武「親父が怒って」
太「はいはい」

武「でも、それはね。俺は母親贔屓って訳じゃないけど。
  母親、良い事言うなって思ったんだけど・・・。
  『嘘吐かな!』って言うわけよね・・」
太「ほ・・。あ・・!」

武「人が、そう思うんだったら、その通りに嘘吐いてあげんと。
  無駄に真実を話してね、話を面白くしなくするっていう必要無いと。

  人間は、何でも面白い話を聞きたいんであって・・。
  面白い、話を聞きたい人には面白く」
太「はい」
武「そんな風に、こうケースバイケースで生きて行くんだ」

江「今日・・お父さん来てるんですよ」笑いつつ。
美「お父さん、後ろにいらっしゃるんですよ」
武「ああ!来てますか」
江「来て・・」
武「ふー!」あちゃあ、というような表情に。
太「ちょっとショックを受けてんじゃないですかね?」
江「いや、笑ってるけど、はは。」
美「はは・・」
江「でも、そんな、いきなりそんな話・・」笑い。
美「いきなり、そんな話」
太「そうですか」

美「だけどね、私のね『ヨイトマケの唄』はね。
  とにかく、ほら黙って何も言わないで働く姿を見せてね」
武「はいはい」
美「それで無言の内で、愛情を示すっていう」
武「はいはい」
美「ものだったんで。武田さんの場合は、とにかく。
  どんな辛い時でも何でもね、全部、笑い飛ばす、その」
武「ええ、ええ」
美「ユーモアの、先人の知恵ですよ」
武「ほんとそうですね」

美「それはね私、、そのがばいばあちゃんとかね。あの、とにかく。
  武田さんの所の、お母さんとかね。
  皆、その九州女のね、強さのと、そのユーモアにして。
  
  しかも、その一言一言に、ちゃんとおかしいんだけど哲学があって」
武「はいはいはい」

美「真理があるのよ。へえ、なるほど!って。
  今のね、向こうがそう思ってるんだったらね。

  そういう風に装ってあげるのが、お付き合いでね。
  それが結局、ま、真理みたいな、言い方するじゃないですか。
  そこが素晴らしいと思う」
太「ほんと、そうですね」

武「あの母親が、よく言ってたんですが
  ほんと貧しいタバコ屋でしたからね。

  でも、それでも悲惨で暗くて切なくて、どうしようもない私。
  その私を、どこまでおどけて表現出来るかっていう。
  それが人生じゃないかっていうね」
太「ほおおー・・」
美「そう、それ哲学なのね」
武「哲学ですねー」
美「高等技術なの」江原さん笑顔で頷き。
武「子供ながら・・この人は面白いと思いました、母親として」
美「うん」
太「そうですねー」
武「うん」

画面変わり・『母に捧げるバラード』再び語りの部分。
続いて、最近の武田さんとお母さん、一緒に笑顔の写真。

ナ「惨めな自分を笑い飛ばす、母のユーモアと人生哲学。
  それが、大ヒットを生んだのです・・」

太「ま、ヒットするわけじゃないですか。先程もありましたけど」
武「うん」
太「百万枚行って。でもスピリチュアル・チェックの中では
  減って行くお客さんが怖い、というような話が出て来ましたけれども」

[減って行く客]
武「それね、もう満杯だった2千人位の会場で満杯だったお客さんが。
  月ごとに、ゆっくり後ろから消えて行くのよね・・。
  最後、15人まで、落ちるんだよね・・」
太「いつも満杯にしていた」
武「2千人小屋が15人になるんだよね」
太「ええ?!・・」
武「・・もうダメだあ・・って思ったもんなあ」
太「ああー・・」

美「真っ暗になりますね、そうしたらね」
江「暗いですねー、あん時、落ち込みますねー・・」
美「うん・・」

武「ダメかなあ、俺はー、とかね。だから・・ああいう一種、キワモノ。
  企画物って言われた歌だったりしか思って頂けなくて。

  どんどん、お客が減って行く。
  真面目な歌、歌うんだけど全然、聞いてくんない。

  だから一年後に、調子に乗って女房とも結婚してたんだけど。
  うん、結局、収入が無くなって」
太「はい」

武「女房と2人でね。あの・・原宿のスナックで皿洗いした事ありますよ」
太「ええー?」
武「うん。それで30、31(日)、手伝って。何か酔っ払ったお客さんに
  『去年、紅白で今年は、ここかい』って、からかわれて」
太「ええー・・」
武「それで女房と2人でプラプラ・・真っ暗い大晦日を歩き出して。
  ごめんね、あの、さっき階段の上で言ったのは、その事なんだ」
太「ああ・・」

長くなりましたが、読んで下さってありがとうございました。
中編[どん底から救った妻の言葉]に続きます。もうしばらくお待ち下さいませ。


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